去年の十一月二日の夕方だった。ネットで大騒ぎになっていたので気がついたのだが、ネットが無ければ、素通りだった。本当に便利な世の中になったもので、見ていなかったテレビ番組でとんでもない <事件> が起こった場合でも、後でネットで教えられ、誰かがハードディスクに録画した内容がネット上で共有され、誰でも <事件> を確認することができる。内容を知って本当に驚いたのは、TBSの「サンデーモーニング」という報道番組で、石原慎太郎氏の発言が正反対に捻じ曲げられ、その捏造発言をベースに執拗な石原バッシングが行われていたからだ。
十月二十八日、池袋で行われた拉致被害者家族の支援集会で石原慎太郎都知事が、日本の韓国併合を肯定する発言をしたという事で、大騒ぎになっていた。しかし、あの発言は今日、歴史学が審判したとしても、極めて妥当で常識的なものだった。それを、まるで鬼の首でも獲ったように、マッチポンプとして一部の日本メディアが機能し、歪曲された報道が海を越え、日本海の向こうからさらに増幅されて逆流し、特定の意図の下で政治的に報道が利用されるのである。この構造は、かつて、従軍慰安婦問題や教科書問題で、八〇年代末期から発達し、九〇年代に確立されたものだ。
TBSの「サンデーモーニング」という番組は、この構造で加工された <報道> をさらに捏造、歪曲し、「日韓併合を百%肯定するつもりは無い」という石原氏の発言を「百%肯定するつもりだ」と正反対のテロップを付けて報道した。ただでさえ、この集会の後、偏った報道公害が起きていたのに、火に油を注ぐような事を「サンデーモーニング」がやってくれた。じつは、あまりに酷い事態になって「サンデーモーニング」だけが叩かれ、社長が記者会見で謝罪したが、問題はこれだけでなく、同日放送された「サンデージャポン」という番組でも似たような事が行われたのだ。
滑稽な事に、「サンデージャポン」では「百%肯定しない」と正しいテロップが流れたが、番組の最初から歴史知識皆無のMCが「また、石原都知事の問題発言です」と切り出し、過去の <問題発言> をフリップで示しながら、一方的な石原バッシングが行われた。
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一九九九五年のオウム事件の後、TBSは坂本弁護士一家拉致殺人事件に関与したことが公になり、その時、「TBSは死んだ」という <迷言> を宣ったのが、「News 23」のキャスター、筑紫哲也氏だった。しかし、TBSは懲りることも無く、報道局を挙げて、その後も特定の意図の下で、ニュースを操作し、公害報道を垂れ流していたのだ。
昨年、五月の拉致被害者支援の国民大集会が「ナショナリズムの集会だから」という理由で「News 23」が一秒も報道しなかった事は、すでに昨年七月号の「諸君!」で私は明らかにした。にも拘わらず、昨年の終戦記念日には、あの有名なカルト空間を作り出し、報道とは程遠い行為を行っていた。その延長線上にあるのが、「サンデーモーニング」の捏造報道であり、今年になってなお続いている情報隠蔽、情報操作の <報道公害> の実態なのだ。
しかし、昨年の「サンデーモーニング」事件では、義憤に駆られた視聴者がネット上で情報交換を行い、TBSと都庁前で抗議活動を行った。五十人の反戦デモが報道され、二百人の拉致テロに抗議するデモが報道されず、二万人が集まった集会が報道されなくても、既存メディア自体の価値が大きく下落した状況で、別の回路が誕生しつつある事は確かだ。川上から川下への情報の流れではなく、川下も川上と同時に情報を発し、 <送り手> と <受け手> が情報を共有できる時代が近づいている。時代は、確実に動いているのだ。
これまで隠蔽され、秘匿され、捏造されていた <情報> を、メディアから <受け手> が取り返そうという活動はこれからますます勢いを増すと思う。その有力な武器となるのがネットとブロードバンドなのだ。
既存マスコミは既得権益の上に胡坐をかき、電通を頂点とする一種の情報ヒエラルキーを構築してきた。頂上に近い場所にいる <送り手> たちは情報貴族という階級だが、いま、まさに、その階級制度が音を立てて崩れ落ちようとしている。アンシアン・レジームの情報貴族でも感度の良い貴族たちはやがて訪れるパラダイム・シフトを予見し、情報の被支配者たちと新しいスキームの在り処を必死に探っている。だが、イデオロギーという宗教に囚われた、所謂左翼やサヨクは、崩壊するパラダイムの中で自爆テロを繰り返す事しかできない。
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イアン・フレミングは、かつてジェームズ・ボンドというMI−6の工作員に、「二度生きられる」という小説のタイトルを付ける事でフィクションとして仮構できたのだが、TBSは絶対に二度生きることは無い。すでに、自爆テロの後、仮死状態に陥っている現状こそが、その証左である。毎日のニュースは、その語源である News と懸け離れた、鮮度の悪い腐った情報で埋め尽くされ、味付けは、必ず支那と朝鮮風味がくどく施され、和風を抹殺したまま、情報厨房で調味される。滑稽なのは、底が割れた情報貴族が自分たちのその悲惨な状況に気付かず、毎日、毎日、食卓に上がって来る事である。別の言葉で言えば、裸の王様だ。
例えば二月五日のニュースでは、北朝鮮問題の六カ国協議への言及は当たり触らず、午後六時過ぎに、家族会・救う会が朝日新聞の外報部次長を名指しで非難する抗議声明を出した事も当然避けて、報道した振りをしている状況である。パラダイムの転換のまさに渦中にいながら、そのまま沈没する船と運命を共にする船乗りの気概を知っているとでも言いたいのだろうか? 壮大な喜劇は、もう始まっている。昨年元旦の「朝まで生テレビ」で今年(二〇〇三年)のテーマをパネリストがそれぞれ掲げた時、すでに西尾幹二氏は「マスコミの嘘がばれる年になる」と暗示していたのだ。
じつは、「朝生」直前に西尾氏に私は幾つかの資料をご提供した。氏は、文学者本来の鋭い直感で私の差し出した資料から、あの名言を引き出したのである。
ところで、そのTBSだが、今後、イラク問題で致命的な大失態を繰り返してくれるのでは、と期待している情報の <受け手> も多いのだろうが、すでに二度死んだ事になっているTBSの報道に、もはや何を期待しようというのだろうか? まさに死に絶えようとする人々の断末魔の叫びを、憐憫と同情を以って見送るのが日本人本来の美徳ではなかったか?
その時、桜が散っていれば、「パーフェクト」と呟いてあげればいい。