西村幸祐の仕事

           
 
  2002CLUB 創刊6周年特別企画 (2002/10/11)

独占インタビュー 「親日派のための弁明」の著者、金完燮(キム・ワンソプ)氏

2002年ワールドカップから、日韓関係を透視せよ!
闘論/金完燮(キム・ワンソプ)+西村幸祐


金完燮氏プロフィール
 作家、評論家。1963年、全羅南道光州生まれ。サレジオ高校、17歳の時、光州民主化運動で市民軍に参入し、全羅道庁舎に籠城、後に国家慰労者として顕彰。ソウル大生時代には、大統領選の不正疑惑に抗議して区役所を占拠。ソウル大物理学部卒業。雑誌記者を経てフリーに。95年『娼婦論』がベストセラーに。2002年『親日派のための弁明』を出版、韓国で有害図書の指定を受け事実上発禁に。韓国で外患誘致罪にも問われている。


インタビュー・写真・文/西村幸祐


『親日派のための弁明』(草思社)という本が、がベストセラーになっている。7月上旬の発売以来版を重ね、なんと歴史書としては異例の35万部という驚異的な売れ行きを10月までに達成した。この手の堅い本は数万部売れても大ベストセラーだが、『親日派のための弁明』は日本の出版界の常識を破った記録を打ち立てた。内容も売れ行き同様、衝撃的で常識破りだ。戦後世代の気鋭の韓国人作家が日本の韓国統治時代を積極的に評価し、現在の韓国の反日的な状況を強烈に批判している。

 戦前の日本を全て悪と決め付けることで出発した戦後の日本が、あらゆる意味で再検討を迫られている今、本書の今日的な意味を日韓共催ワールドカップを通して考えてみたい。
 私は来日した金完燮氏を直撃した。それは、ワールドカップ取材を通してマグマのように噴出してきた日韓の深い断絶と日本の偽物メディアの悪行を、優秀な韓国人と再度検証したかったからだ。日本のメディア状況に深い疑念を抱き、ワールドカップも新たな視点から書かなければならないと私が痛感しているのは、ただ単にスポーツの領域内ではとても扱えない分野まで視野に入れなければならないからだ。

 都内のホテルに金氏を訪ねると、革命的な書籍を書き上げた闘士とはとても思えない静かな面持ちで私を迎えてくれた。物静かな風貌は金氏がかつて志した宇宙物理学者のようだったが、静かな語り口の一つ一つの言葉は激しい情熱と強い自信に裏打ちされていた。金氏との対話を通じてワールドカップ中、そして大会後の日本メディアの空疎な報道や捏造された世論調査に対する怒りが沸々とまた煮えたぎってきた。このままでは日韓両国にとって不幸な未来しかないだろう。絶対にあのワールドカップを無駄にしてはならない、と金氏に力付けられたような気がする。

 氏との対話の後、小泉首相が北朝鮮を訪ね、予想された事実の一端が明らかにされた。金氏は小泉訪朝後、あるシンポジウムで北朝鮮の餓死者が300万人以上出ているのに、拉致被害者の事ばかり騒ぐ日本に疑問を呈したのだが、それは彼が日本メディアの極端に偏向した情報操作を知らない事による発言だった。じつは、それだけの餓死者が出ていることすら、日本メディアは一切口をつぐんでいるのだ。これはワールドカップ報道と全く同じ状況であり、日本メディアの構造的欠陥なのである。
 金完燮氏は8月下旬に来日した後日本に留まり、取材やシンポジウムへの出席など多忙な日々を過ごしている。そして、いま、重い口を開け、未来の日韓関係を語る。


●なぜ、日本で<嫌韓>が高まったのか?

西村 ワールドカップを共催してから改めて韓国と日本メディアのことを考えていたので、非常に面白い本でした。なぜ『親日派のための弁明』を書こうと思ったのか、その辺から聞かせて下さい。

キム 去年の夏ですが、韓国で日本の教科書問題の騒ぎがあった時、反日感情が韓国で高まりました。その時、韓国の誤った民族主義と反日主義が噴出し、それに疑問を感じて反論を提起したかったんです。それで、この本を書きました。

西村 そういった金さんの気持の根底にあるのは韓国への愛国心だと思います。より良い韓国を作りたいという気持ではないでしょうか?

キム でも、韓国内では私の本を見て多くの人が私を「売国奴」と呼びました。ただ、韓国の読者にも愛国心を感じ取ってくれた人もいたので韓国人にも読まれて欲しいですね。

西村 日本に初めて来て、どうですか? 初めての日本は?

キム まだ色んな場所に行っていません。東京で数カ所行っただけですが、成田から東京までの道でも国際都市だな、という印象を受けました。綺麗で美しい街ですね。来日した8月下旬、韓国は秋ですけど東京は暑かったですね。

西村 ところで、ワールドカップが終わって幾つかの日本のメディアで世論調査をしました。その結果、韓国に対してより親しみを感じるようになったという日本人がけっこう増えたというデータが出ました。しかし、僕はどうもそうではないような気がするんです。その調査に嘘があるのではないかと。もっとはっきり言えば、日本と韓国の間が、国民感情としてかつてないほど危機的な状況に来ているのではないか、と感じるんですが。いかがでしょうか?

キム なぜ、そう思っているんですか?

西村 ワールドカップ後、日本人のサッカーファンの間で韓国に対しての感情が悪くなって、嫌韓感情が大きくなりました。ところが、一般メディアがそれを取り上げていないんですね。それには理由があって、韓国チームの試合について日本のメディアが全て右へ倣えの、同じ論調の報道になって、韓国の試合につきまとった審判の疑惑を一切無視して、韓国ガンバレという報道しかしなかったんですね。韓国チームを日本のメディアは応援していたんです。ところが、韓国では日本チームに対して必ずしも日本のようではなかったという事がネット上で伝わってきた。それが韓国への反感だけでなく、日本のメディアへの反感としても大きなものになったんです。

キム 友好というものは双方の友好でなければならないんですが、韓国にいる韓国人はもちろんですが日本にいる韓国人でさえも、みんな心の中では日本人を嫌がり、嫌いでいながら表面的には親しみを表し、ただ日本人を利用するだけの韓国人が多いと聞いたことがあります。実際でもそうだと私も考えています。韓国人のそういう捻曲がった感情を日本人が知れば、嫌韓感情を持つのも当然でしょうね。

西村 ワールドカップ期間中、僕はソウルにも2回取材で行きました。開会式も取材しました。それで本当に僕が不思議に思ったのは、日本人のサッカーファンは今まで韓国ファンが多かったんですが、大会が進むに連れて韓国嫌いが多くなっていきました(笑)。それは、日本のメディアが真実を伝えていない。スローガンばかり喚いていた。現実とメディアのそういうギャップ、違いが分かった日本の心あるサッカーファンが嫌になったんですね。日本のそういうメディアの特徴はご存じでしたか?

キム 日本のそういうメディアの特性は初めて聞きました。恐らく韓国のメディアも同じじゃないですかね。ワールドカップの共催が決まってから、韓国のメディアも日本に負けて欲しいとは書けなかったし、現実とメディアの報道はそういうギャップの中で行われていたと思います。

西村 日本の緒戦は韓国と同じ日でした。僕の友人のNHKの記者が釜山で韓国の緒戦を取材したとき、ちょうど韓国対ポーランド戦の前に日本対ベルギー戦があって、釜山のパブリックビューイングで韓国人が日本を応援していた、と驚いて彼に報告した韓国人の方がいたそうです(笑)。釜山は、やはり親日感情が高いんでしょうか?

キム それは土地柄がありますね。日本に一番近い地域だし、釜山に行くと日本のテレビも普通に見られますし、フェリーで来る観光客も多いし、朝鮮時代は釜山を通して韓国と日本が繋がっていたし、言語、文化も近いものがあります。
 昔、私は反日だったんですけど(笑)、当時思ったのは、釜山は慶尚道という地域ですが、慶尚道の人と会うと理由もなく親日の人が多かったですね。そういう意味で以前は慶尚道の人間が嫌いだったんですが(笑)、恐らくその地域の人は日本人と血も混ざっているし同質的な人も多いと思いますね。


●2002年ワールドカップの意味

西村 ところで、80年代のソウルオリンピックは韓国が民主国家であることを世界にプレゼンテーションする役割がありました。それでは2002年のワールドカップは、韓国にどんな意味があったんでしょうか?

キム そうですね。88年のソウルオリンピックは64年の東京オリンピックと似たような意味合いがあると思います。民主国家であること、産業立国であることを世界に示すという点ですね。ただ、今回のワールドカップは共同開催だったので韓国にとってはそういう意味で特に意味はなかったと思います。

西村 韓国にとっての意味は、ソウルオリンピックの時の方が大きかったという事ですか?

キム もちろん、そう思っています。

西村 アンケートの結果だと韓国では単独開催の方が良かったという人が圧倒的だったんですが、そういう意味でしょうか?

キム そういう気持がもちろん大きかったと思いますね。そもそも日本が単独で開催しようと努力をしていて、当時のアベランジェFIFA会長が親日的な立場を取っていたので、日本の単独開催の雰囲気になっていたところ、FIFAの副会長になったばかりの韓国のチョン・モンジュン氏のロビー活動で日本開催を妨害したんですね。それで共同開催になったという経緯があります。

 実際に今回の2002年ワールドカップは主催国にとって奇形的なケースだったと思うんですよ。もともと韓国、日本両国とも願っていた形で開催したのではなっかた。客観的に見ると、もともと日本の単独開催で行われるべきものを韓国が力尽くで共同開催に持ち込んだものです。両国とも単独開催をしたかったので、不満な人が多かったんじゃないでしょうか。もし、2002年ワールドカップに意味づけをすると、お互いに仲が悪く嫌い合っていた二つの国家が、本当の意味で友好的な国家となったときにこのワールドカップを開催したらなら意味があったでしょうが、今現在、これだけ両国が懸け離れた状態で行われたので奇妙な形になったことを再認識できたということだと思います。

西村 僕もそう思いますね。残念ですけど・・・。ただ、スポーツは政治的な課題とか、イデオロギーとか、そういうものを越えたところでメディアとして存在するというのが僕の持論なんです。そういうお目出度い理想論を持っていたんですが、それがそういうものではなかったという事を痛感した1ヶ月が僕のワールドカップ取材でした。


●日本は韓国に対して、反日教育を中断するように強く要求しないと両国の未来はない。

キム 要するに、ワールドカップの時の日韓関係というのは、例えば、昔のことで非常に仲が悪かった兄弟に両親が「兄弟だから仲良くしなさい!」と言って無理矢理、強制的に抱き合ったような関係ではなかったかと思います(笑)。

西村 今、話題になっている『親日派のための弁明』中で、東アジアの国同士として日韓は本来なら手を携えて行かなければならないという事が書かれています。ところが、共同開催のワールドカップが終わったあと、日本の領土でありながら韓国が不法占拠している竹島を、韓国が韓国の国立公園に指定する予定があるとか、日本海の名称を東海に代えるように凄まじいロビー活動を行っているとか、そういう情報が流れてきます。

 一般メディアが大きく扱わなくてもインターネットで大きな話題になるので、特に日本の若い世代がそういう流れに反発してるんですね。先ほど僕が言った両国の危機的状況の背景はそういうものがあるんです。地政的に言っても、本来なら日韓両国は『親日派のための弁明』の中にも出てくるように、それこそ大東亜共栄圏の再構築の中核にならなければならないと思います。支那は現在共産主義体制であるし、日本と韓国は東アジアの核とならなければ行けません。ただ、そういった難しい状況の中にある両国が、どうやったらお互いの協調関係を保って行けるのか? どんな希望を見出せるのか? その辺はどうお考えですか?

キム はい。難しい問題ですが、まず日本は韓国政府に対して、反日教育を中断するように強く要求しないと駄目ですね。今までの日本政府は、まるで罪を犯した人のような態度をとって、韓国の反日教育を認めているような感じです。ですから、日本政府はもっと強い姿勢を取らなければなりません。もう一つは、日本国民が、まあ、これはどれだけの人が考えているのか分かりませんが、昔、日韓は同じ国であったという認識をもっと広く強めるべきだと思います。

西村 僕の家内の母は小学校の教師だったんですが、統治時代にソウルで教壇に立っています。写真を見せてもらったことがあります。ただ、多くの日本人は何か罪悪感があって同じ国であった事を忘れようとしていますね。

キム はい。だから三つ目の課題は、日本人は韓国を別の国と考えていてアジアから離れようとしています。しかし、一つ、二つ上の世代の日本人が朝鮮のために注いだ汗と努力、そして奉仕したこと、こういったものをもっと知るべきであると思いますね。

西村 韓国の反日教育もそうですが、戦後の日本がそういった情報を全てディリート、削除して、何一つ僕らの世代に伝えていないというのが一番の問題です。

キム ま、日本は戦争に負けたので、憶えたくない記憶でもあったわけです。

西村 そういう意味では、日本と韓国の両方が情報の共有化をすることが大切ですね。それができれが、もっといい関係になれるんですが、情報の共有化を簡単に言えば、韓国の教科書も反日教育を止めて、日本の教科書も自虐教育を止めるということになる(笑)。

キム 多くの韓国の人が私くらいの気持になり、昔、日本が朝鮮に対して行ったことに感謝の気持ちを持ち、これまで反日教育をしたことを申し訳ない気持で対話を進めるならば、友好関係は上手く行くと思います。

西村 まだ、しばらく日本にはいらっしゃいますか? もし、サッカーが好きだったら、一緒にスタジアムに行きましょう(笑)。パク・チソンは日本にいますし・・・

キム パープルサンガ・・・でしょ?

西村 はい。京都パープルサンガです。

キム では、今度・・・。


 
 
 
 

 


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2004 Kohyu Nishimura